山椒(サンショウ)の遠い思い出

全回の続きです。山椒(サンショウ)には色々と思い出がありまして

2011年八幡平

先ずは東日本大震災のあった2011年の夏、最後となった家族旅行の時に発見したサンショウの大木?の写真。場所は岩手県八幡平市、泊ったペンションの近くです。早朝に一人で散歩していた時、山椒の香りが漂っていて辺りを見まわしたらビンゴ。数枚撮ったことを思い出してデータを探し出しました。

中央がサンショウの木。1㍍位の背丈で、球状にこんもりと枝が張っていています。
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近くでズームアップしたのがこちら。サンショウに間違いありません。

同じ頃に近所でも・・・挿し木失敗

八幡平に行ったのと同じ頃に近所(横浜市)にある公園の植え込みの一画でもサンショウを発見しました。こんな都会にと驚きました。こちらは10㌢くらいの幼木でした。残念ながら写真は撮りませんでした。

この「同じ頃」とは前後2~3年の期間です。どちらが先かも定かではありません。アラ古希にもなると記憶回路の時間が圧縮してしまいます(泣)

植木鉢で育ててみようとスコップを持って出直し、丁寧に根を掘ったつもりが根の最上部に近いあたりでポキッ!!!とやってしまいました。

爪楊枝くらいの太さでも、「幹」も「根」も硬くて頑丈でした。サンショウは草ではなく木です。分類上はアジサイなどと同じ落葉低木になっています。

方針変更で「挿し木」にしたのですが、祈りは通じずにあっさり枯れてしまいました。

ガッカリでした。

 昭和40年代京都北山・・・明治生まれの祖母の技

更に記憶は半世紀(50年)前の高校生の頃(昭和40年代)に遡ります。サンショウに思い入れを持った原点らしき出来事です。多分、間違いないでしょう。

当時は一人ハイキングが趣味の一つでした。今も同じ事やってる?進歩が無いような。

その日も京都北山を一人ハイキングしていて、漂ってきたサンショウの強い香りをたどったらブッシュの中に背丈くらいの大きなサンショウの木。生まれて初めて見る野生のサンショウの木だったと思います。

物珍しさで小枝の1本をちぎってリュックのポケットに挟んで持ち帰ったのですが、何と!!! 

明治生まれで当時70代の祖母が庭で挿し木にして、簡単に根付かせたのです。  
狭い庭なので大きく枝は張りませんでしたが、1㍍くらいの木に成長して僕が40代の頃までは確実にありました。まだ実家に残っているかも知れません。

小枝を挟んでいたリュックにもしばらくは匂いが染み込んでいた記憶があります。

祖母は挿し木を根付かせるのに何か「技」を使ったのかも知れませんが、祖母は僕が30代の時に亡くなったので、今となっては確かめようがありません

昭和30年代・・・全滅に終わった挿し木の実験

おまけの追憶です。

そのさらに10年程前(昭和30年代)の小学校3年の理科で「挿し木」の実験をやったことも思い出しました。ただ、この材料にサンショウの枝はなかったと思います。

確か6月頃に僕を含む何人かの生徒が持ち寄った木の枝10本くらいを植木鉢で挿し木にしたのですが、夏休みが終わって登校したら全滅という悲惨な結果でした(笑)

 

我が家の庭にもサンショウを!

今度は慎重にやります。経過は報告しますのでご期待ください。